平成29年8月2日に弁護士山口仁と弁護士塚本秀夫により開設しました。(千葉県弁護士会所属)

 

行政法

○ 行政法の展開

1 日本の行政法の歴史展開

(1) 明治憲法の下では,市民的な代表機関である議会の地位は低く,官僚的な権力機関の地位を強くしようとする原理が行われ,ここにはプロシア憲法の影響が強く見られた。明治憲法60条は行政裁判所の設置を宣言した。行政裁判所が適用する法は,司法裁判所の管轄に属する民事事件に司法裁判所が適用する法とは性質を異にするとの考え方が採られたのである。前者は公法の原理が支配し,後者は平等原理である私法原理が支配するとされた。行政裁判所の管轄に属する事件の範囲は狭かったので,多くの場合に市民は行政権の違法な行使に泣き寝入りを強いられるという結果がもたらされた。

(2) しかし,そのような制度の下においても,美濃部達吉博士に代表される民権学派は,可能な限り私法原理を行政法上の関係に持ち込もうと努力した。例えば,①無効である租税賦課処分に基づいて租税を納付した者は,行政訴訟の出訴期間経過後も,民事訴訟によって,民法の不当利得の原則によって返還請求できるとしたり,②国家または公法人の管理する土地の工作物の設置保存に瑕疵があったために損害を受けた者は,民法の不法行為の規定に従って国家公共団体を相手に損害賠償の請求ができるとした。これによって市民の救済の範囲が拡がったのである。

(3) 戦後においては,1946年の新憲法によって,明治憲法下の行政裁判制度から司法裁判制度による救済へと根本的転換が図られた。すなわち,憲法76条2項前段は,「特別裁判所は,これを設置することができない」とする。仮に行政裁判所が特別裁判所に入らないとしても,「行政機関は,終審として裁判を行うことができない」(同項後段)から,行政事件に関する終審は必ず裁判所で行わなければならないことになる。裁判所法3条1項も「裁判所は,日本国憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判」すると定める。ここに,行政法が,その法的性質において,民事刑事を規律する法と本質を同じくするに至ったのであり,英米型の司法国家主義へ移行したとみることができる。

(4) もっとも新憲法下で,行政事件を解決するため,市民が司法裁判を有効に活用してきたとは必ずしもいえない。そのため,救済範囲の拡大,より利用しやすく,分かりやすい制度改正などの観点から,平成16年に行政事件訴訟法が大幅改正され,平成17年から施行されている。

2 行政手続への関心

(1) 当初民事事件と行政事件との差異を認めなかった英米行政法において,19世紀末から20世紀はじめに新展開が認められた。すなわち,社会主義的観念の影響のもとにいくつかの法が制定され,これに伴って司法裁判所から一定程度独立した準司法的・準立法的行政機関(行政委員会)が現れたのである。これは従来の司法的救済では限界があることと表裏の関係にある。すなわち,司法的救済というのは,例えば,公共的な設備が不完全であったために損害を被ったとき,侵害された者が,侵害を惹起した者を相手方として,司法的裁判所に損害賠償その他の請求を起こすことにより救済を図るものである。しかし,規制的な行政が増大するようになり,そのために自由を侵害された者の司法的救済を考えるとき,①請求をする者の十分な立証と反対する者の反証という手続を行うのでは,訴訟の手続が長引き多額の費用が必要な割に,原告の請求が認められることは困難である,②特に高度な技術がもたらされる現代社会において,一般市民が,これらの請求をすることは妥当といえない,③専門的な知識が要求される分野ですべてを司法裁判所が審査することは適切でない,などの点で限界が出てきたのである。そこで,行政委員会を設置するなど,行政手続の段階を重視し,ここを司法化して救済を図るという手法が用いられるようになるのである。

(2) このような動向の影響を受け,日本でも準立法的・準司法的権限のある行政委員会が設置された。また,やや遅いが平成5年に行政手続法が制定され,一般的な聴聞手続を規定するなど,行政手続段階における公正が図られるようになった。

 一方で,紛争当事者だけではなく,第三者利害関係人を保護する規定を整備して市民の保護をより手厚くするべきだとの指摘もなされている。

 (参考文献:鵜飼信成「行政法の歴史的展開」 有斐閣)

<最終更新日:平成25年7月15日>

 

○ 行政手続の理念

1 日本における行政手続法制

 日本で行政手続法が制定されたのは,平成5年になってからである。その中で重要な点として,行政庁が当事者に不利益な処分を課す場合に原則として事前に聴聞の機会を与えなければならないこと(行政手続法13条1項),及び不利益処分には理由を付さなければならないこと(行政手続法14条1項)が挙げられる。

 行政手続の統一法自体は平成5年になって制定されたのであるが,このような聴聞などの行政手続の規定は,戦後,アメリカ法の強い影響を受け,不利益処分を規定する個々の行政法では既に導入されていたのである。すなわち,アメリカでは,1946年に連邦行政手続法が制定されたのであるが,この時期は第二次世界大戦後のアメリカ主導の連合国による日本の占領期にあたり,行政手続の理念が日本の個別の行政法規にいち早く導入されたといえる。

2 アメリカの行政手続の理念

 アメリカの連邦行政手続法は,裁判所は行政庁が法によって求められた手続に従ったかどうかを決めるという原則を採用している。この原則は,アメリカ合衆国憲法が規定する適正手続条項によって導かれたものと考えられている。

 適正手続の本質的な要素として,公正聴聞の要件がある。それは,市民は,行政決定によってその人身又は財産に不利な影響を受けるであろう前に,関係行政庁によって聴聞される機会が与えられなければならないというものである。指導的判例である日本人移民事件では,外国人追放命令が出される前に聴聞される権限があるという理由で,外国人追放命令を屈服させた。このことは,個々の法律が聴聞を要求しなくても当てはまる。すなわち,「裁判所は,適正手続を制定法の中に読み取る。そして,適正手続とは聴聞を意味する。」

 連邦行政手続法制定の流れと合致した最高裁判所判例として,第一次モーガン事件がある。すなわち,「『完全な聴聞』の要件は,証拠が事実の審判者によって受け取られ,評価される司法手続の伝統と明白な関係がある」。法によって決定権を与えられた公務員は,真の決定機能をもつ。「その義務は,証拠または弁論を考慮していない者によって遂行されることはできない。それは,非個人的な責任ではない。それは,裁判官の義務に似た義務である。決定する者が聴聞しなければならない」。

3 イギリスにおける自然的正義の理念

 アメリカにおける適正手続の理念と同様の機能を果たすものとして,イギリスの自然的正義(Natural Justice)の原則がある。

 自然的正義には二つの原則が認められる。第一に,裁判官は公正にして偏見なきこと,すなわち何人も自己の関与する事件の裁判官たるべからずということであり,第二に,当事者は十分なる通告と審問の機会を与えられねばならぬ,すなわち双方聴聞の原則である。

 自然的正義の原則は「フェアプレイ」という点で,アメリカの適正手続条項と重なる。この点,アメリカのブランダイス判事は,「適正手続条項が保証する厳格な保護規定は,行政上の認定が正しいか否かを裁判所が審理するのではなく,事実の審理は公正な審判所で行われたか否か,正当な通告と聴聞の機会が与えられる以外には如何なる認定もなされえない。すなわち聴聞に関する手続は公正な審査の本質と一致する。そして適切な法の支配又は手続が守られたかどうかを審査する機会が裁判所に与えられるのは,このような方法による」としている。イギリスはコモンローの国であり,憲法上の明文を欠くが,フェアプレイを保証している自然的正義の理念により行政手続をコントロールしてきたのである。 

 イギリスでは,19世紀には,双方聴聞の原則はすべての審判所の行動を支配するようになった。特に19世紀後半には市民権の拡大と自由放任主義の衰退に伴い,公共団体の規制的機能が住宅及び公衆保健の分野にまで拡大し,財産権もしくは市民権に介入を認める制定法に通告及び聴聞の規定のない限り裁判所は古き判例理論に基づいて立法部の不作為を補填すべくコモンロー上の自然的正義を援用して行政手続に介入した。その結果,クーパー事件以後「公当局は決定又は決定の執行について関係当事者に事前の通告と聴聞を与えなければならない」という原則が承認された。

 ライス事件における,ローバン卿が1911年に述べた次の言葉はイギリスにおける行政法上の双方聴聞の原則の考え方を表している。「比較的最近の法律は政府部省またはその官吏に各種の事項を決定する義務を拡大してきた。このような場合,私は彼らが誠実に行為し,かつ公正に双方を聴聞せねばならぬということを付言する必要はない。思うに,それは何事かを決定するところの全ての人の義務であるから。しかし私は,彼らがかかる問題を,それをいやしくも裁判であるかの如く取り扱う義務があるとは思わない。彼らが宣誓を執行する権限を有せず,かつ証人を調べる必要もない。彼らは,争訟における当事者たる人々に対し,自己の見解に不利ないかなる関連ある陳述を矯正し,又は反駁する公正な機会を常に与える限り,最善と思う何らかの方法においても情報を得ることはできる。」

4 以上みてきた通り,行政手続の制度は,普遍性のある深い理念のもとに形成されてきたものである。今後,制度の改正や運用のあり方を考える上でも,忘れてはならないことである。

 (参考文献:①「英米行政法」Bシュウォーツ,HWRウエイド著,堤口康博訳 ②「イギリス行政訴訟法の研究」佐藤立夫)

<最終更新日:平成25年8月18日>

 

○ 行政裁量の司法審査

1 行政事件訴訟法第30条は,「行政庁の裁量処分については,裁量権の範囲をこえ又はその濫用があった場合に限り,裁判所は,その処分を取り消すことができる」と規定している。行政裁量については,踰越・濫用の場合に司法審査の対象となるとしているのである。この原則について,英米行政法の観点から考えてみたい。

2 なぜ行政に裁量権が認められるか。行政は,権限を行使すべきかどうかの裁量及び権限行使の方法についての裁量権をもつ。イギリスでは,伝統的に行政に対して市民の人身と財産に対する裁量の余地を与えないことを重視しており,制定法及びコモンローの規則により明確に行政に対して執行の義務を規定していた。しかし,行政に何ら選択の余地を与えないことは余りに硬直的であり,公共目的の達成のためには一定の裁量を与えることが必要となった。もっとも行政に完全なる選択の自由を与えることは,市民の人身や財産への重大な脅威となることから,踰越・濫用については司法審査の対象とするという原則を判例上確立したのである。

 具体的には,裁判所は,行政が裁量権を行使する場合に,①善意で(good faith)行為したか,②許容されない目的のために裁量権を行使したか否か,③関連のない事由(irrelevant ground)に基づいて行使したか否か,④関連のある考慮事項を考慮しないで行使したか否か,⑤裁量権の重大な非合理性が伴っていなかったか,という点で審査するのである。

 一言でいえば,裁量権の行使が非合理的であるかという点が,踰越・濫用の有無についてのポイントとなる。

3 アメリカの行政法では,行政の裁量権の司法審査はどのようになされているか。連邦行政手続法や州制定法における「専断的かつ恣意的」条項の中に,それが見いだされる。行政権の専断的かつ恣意的な行使が,つまり行政権の踰越・濫用なのである。そして,専断的かつ恣意的とは,全く非合理であることによって法を踏み越えることであり,イギリスの非合理性の基準と重なるのである。

4 日本における裁量権の司法審査においても,このような英米行政法の考え方を念頭におき,市民の人身と財産に対する脅威を除去するという観点から考えていくべきと思う。

(参考文献:①「英米行政法」Bシュウォーツ,HWRウエイド著,堤口康博訳,②「イギリス行政訴訟法の研究」佐藤立夫)

<最終更新日:平成25年9月23日>

 

○ 行政裁量と在留特別許可

 

1 行政裁量とは,行政活動が法令によって一義的に拘束されないことの反面として行政に認められる判断の余地を意味する。行政裁量の広狭は,個々の行政行為によって異なる。ここで取り上げる出入国管理行政の分野における外国人の在留特別許可(出入国管理法50条第1項)においては,法務大臣の裁量は広いとされている。

2 しかし,行政裁量処分についても当然司法審査の対象となり,裁量の踰越または濫用があれば違法となる(行政事件訴訟法30条)。

 在留特別許可についても,「特別在留許可を与えるか否かは,諸般の事情を総合的に考慮したうえで決定されるべき事柄であり,法務大臣の広範な自由裁量に委ねられているが,特別在留許可を与えないことが,裁量権の範囲を逸脱し又は裁量権を濫用してされたものと認められる場合には,特別在留許可を与えないことは違法というべきである」(昭和59年7月19日大阪地裁判決)として,司法審査に服するとされているのである。

3 では,どのような場合に行政裁量の踰越・濫用となるのか。

 一般には,①法律の趣旨・目的に違反した行使がされている場合,②国民の権利・自由が制限されている場合,③憲法の諸原則(平等原則や比例原則)に違反している場合などが挙げられている。

 在留特別許可が拒否された処分において,日本での安定した生活を奪い,妻子の生存に重大な影響を与えることを理由として,裁量権の踰越・濫用を認めた判例が存在する。基本的人権は前国家的なものであり,在留特別許可が得られなければ,これまで日本で築き上げてきた財産権を含めた安定した家族との生活が全て失われ,また,配偶者や子の人権が脅かされる可能性が十分存在する。在留特別許可を与えない処分は,そのように基本的人権と密接にかかわることが多いことを念頭におき,一刀両断にはねつけるのではなく,日本に滞在すべき必要性について懇切丁寧に事情を観察して,制限を受ける本人や家族へのきめ細かい配慮を必要とする。実際に,そのような事情に鑑みて違法を認めた判例も増えているところであり,また,在留特別許可について,比例原則によって司法審査した判例も認められるところである。    

<最終更新日:平成25年12月23日>

 

○環境訴訟 —廃棄物処分場を例としてー

1 アメリカの環境訴訟の請求の根拠についてみると,1960年代末頃から,環境権が,住民訴訟の根拠として主張されるようになり,その後多くの環境保護立法につながることになる。

2 わが国では,民事法による受忍限度論と結びつけて不法行為責任を問うという形で発展した。例えば,昭和30年代の騒音・振動についての裁判例は,「(被告)の行う印刷工場の操業にともない音響,振動,臭気等の不可量物質を発散することは,この種企業の性質上やむを得ないものであるから,それが他人の利益を害することがあっても,社会共同生活上一般に忍受すべき限度を超えないかぎりにおいては違法性を有しないものというべきである。しかしながら,それが一般の忍受すべき程度を超え他人の利益を侵害するに至った場合には違法となり,不法行為を構成するものと解するを相当とする」(東京高判昭和37年5月27日)とした。

 昭和40年代,わが国では公害の大規模化,深刻化が進んだ。大阪国際空港公害訴訟の第一審判決は,損害賠償請求について具体的被害の一部を認めてその請求を認容し,差止請求については,環境権を否定し,人格権に基づく請求を認めて受忍限度を判断した上で,結論として夜間については午後10時以降の離発着を禁止した(大阪地判昭和49年2月27日。なお,同訴訟の控訴審判決は,差止請求についてやはり人格権を根拠として,夜間については午後9時以降の離発着を禁止した(大阪高判昭和50年11月27日))。

 その後の名古屋新幹線公害訴訟控訴審判決(名古屋高判昭和60年4月12日)なども,差止請求について環境権を否定し,人格権を肯定した上で,受忍限度による判断を行っている。

3 廃棄物処分場の差止請求訴訟についても,人格権を根拠としたものが主流となっている。

 この人格権については,仙台地決平成4年2月28日が詳細に触れている。すなわち,民法709条がすべての権利が侵害から保護されることを規定し,同710条は,身体・自由・名誉も保護される権利に含まれること,「人格に基づく,生存し生活をしてゆく上での様々な人格的利益」の帰属を内容とする権利が人格権であり,差止請求権の根拠として判例(最大判昭和61年6月11日)は承認ずみであるとした。その上で更に人格権の内容を具体化し,人格権の一内容として身体権の一環として生存・健康を損なうことのない水を確保する権利,及び人格権の一内容としての平穏生活権の一環として,適切な質量の生活用水,一般通常人の感覚に照らして飲用・生活用に供するを適当とする水を確保する権利を認めた。

 差止の判断基準については,処分場の裁判例では,被害の有無,態様,程度を中心に判断がなされている。まず,飲料水・生活用水に影響を及ぼしたり,地形上大気汚染に影響が出る場合には,差止請求が認められており,住民の生命・健康に影響を及ぼす以上,当然認容されるべきものといえる。次に,被害が受忍限度を超える蓋然性が高いとして,差止請求を認めるタイプのものがある。そして,差止請求を退ける判断を下した裁判例でも,被害を中心に判断を下している。

4 鹿児島地判平成18年2月3日も,「人は,相互に影響し合わずに社会生活を営むことはできないのであるから,自らの生命・身体の安全に何らかの影響があるからといって,直ちに他人の活動を止めさせることはできず,いわゆる受忍限度を超える健康被害を受ける蓋然性がある場合に初めて,人格権に基づく差止請求権が可能になるものと考えるべき」とした。

 なお,同判例は,立証責任について,「請求権の発生要件となる上記の点についての主張・立証責任は,民事訴訟の一般原則どおり,その請求権の存在を主張する者において負担するものと解すべきである。もっとも,まず,その健康被害が受忍限度を超えるものであることと言う点についていえば,本件では,上記のような有害物質が飲用に供される井戸水に混入するかどうかが問題となっているのであるから,その混入の蓋然性が肯定される場合には,それによって生じ得べき健康被害が受忍限度を超えるものであることについては,他に特段の反証がない限り,事実上,推定されるものというべきである」として,請求者の立証責任を軽減し,最終的に差止請求を認めた。

(参考文献:①井口博「受忍限度論と環境権」現代民事裁判の課題 311頁〜344頁,②潮海一雄「廃棄物処分場をめぐる法的諸問題」ジュリスト増刊「環境問題の行方」186頁〜190頁,③潮海一雄「処分場の建設,操業をめぐる民事裁判例の分析」ジュリスト1055号39頁〜46頁)

<最終更新日:平成26年8月31日>

 

○ 差止訴訟の要件「損害の重大性」について

 1 平成16年に改正された行政事件訴訟法は,差止訴訟を新たに法定した(行訴3条7項)。差止訴訟とは,行政処分が行われることを予想して,これを予防的に差止めることを求める訴訟である。

 行訴法改正前においても,長野勤務評定事件最高裁判決(昭和47年11月30日)は,差止訴訟の許容性を認めており,改正法はこれを正面から認めたものといえる。

2 これから行われる行政処分の内容が認識できた場合,本来その効力を否定するには行政処分が行われるのをまって取消訴訟を提起するのが本筋であろう。しかし,それでは,十分な救済が得られない場合がある。このような場合に,国民の権利利益のより実効的な救済を図るという趣旨から差止訴訟が法定されたのである。

 これは行政訴訟の類型であって,民事訴訟における差止訴訟とは区別される。民事訴訟において,例えば人格権に基づき公害を発生させるおそれのある廃棄物処理施設の操業の差止を求める場合がある。しかし,行政訴訟としての差止訴訟は,あくまで行政庁の公権力の行使に対する不服の訴えであり,廃棄物処理施設であれば,操業の前提となる施設の設置許可処分という公権力の行使の差止を求めるのである。

3 差止訴訟を提起するには,訴訟提起の要件として,①処分等により,「重大な損害を生ずるおそれがある場合」(行訴37条の4第1項本文),②「損害を避けるため他に適当な方法が」ない場合(同但書),③原告適格,すなわち「法律上の利益」を有する場合(行訴37条の4第3項),であることが必要であり,勝訴の要件として,④処分に違法性があること(行訴37条の4第5項))が必要となる。

 「重大な損害」を生ずるか否かを判断するに当っては,裁判所は,損害の回復の困難な程度を考慮するものとし,損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するものと規定されている(行訴37条の4第2項)。

 そして,差止訴訟は公権力の行使による侵害を未然に防ぎ法治国家の原理を全うするという意義がある一方で,司法と行政の役割分担を考慮する必要がある点を鑑みる必要がある。すなわち,取消訴訟を提起して執行停止をうけることによって容易に救済ができる場合には,「重大な損害」に当らないといえよう。

4 「重大な損害」について,平成24年2月9日最高裁判決は,国家を斉唱しない都立高校教員らに対する懲戒処分の差止めについて,「重大な損害が生ずるおそれ」とは,「処分がされることにより生ずるおそれのある損害が,処分がされた後に取消訴訟等を提起して執行停止の決定を受けることなどにより容易に救済を受けることができるものではなく,処分がされる前に差止めを命ずる方法によるものでなければ救済を受けることが困難なものであることを要すると」し,「毎年度2回以上の各式典を契機として・・・懲戒処分が反復継続的かつ累積加重的にされていくと事後的な損害の回復が著しく困難になることを考慮すると,・・・その回復の困難な程度に鑑み」重大な損害が認められると判断した。

  また,平成21年10月1日広島地裁判決は,景観利益に関する損害について「重大な損害」を認め差止請求を認容した。

(参考文献:①「司法制度改革概説3 行政事件訴訟法」小林久起,②「行政法Ⅱ(第5補訂版)行政救済法」 塩野宏)

<最終更新日:平成27年7月2日>

 

○ 違法性の承継

1 違法性の承継とは,後行の行政行為の違法の理由として,先行の行政行為の違法であることを主張できるか,という論点である。

2 古くは行政裁判所時代,美濃部達吉氏がこれについて,「日本行政法上巻」(昭和11年)で次のような区別基準を設けている。それによると,①数個の行為が相連続して一の手続を為し,其の結合に依って其の目的たる特定の法律的効果を発生する場合と,②数個の行為が各々別個の目的を有し,仮令其の効果に於いて相関連するとしても,各個の行為が独立に其の効果を生ずる場合,に分けているのである。

 そして,①の場合を違法性の承継の場面だとしたのである。①の場合,「総ての行為は其の効果の生ずる法律原因たるもので,其の効果が適法である為には,其の原因たる総ての行為が適法でなければならぬ。若し其の中の或る行為が違法であったとすれば,其の後に行われた行為それ自身には違法性は無いとしても,なお其の効果は違法に発生したもので,其の効果を取り除く為に救済を得せしむる必要が有る。此の場合に法律が其の効果を完成せしむる最後の処分に対して,行政訴訟を提起することを許して居るとすれば,最後の処分それ自身には違法の廉は無いとしても,其の前提たる前行の行為が違法であれば,これを理由として係争の処分の違法であることを主張することが出来る」とした。

 一方で,②については,違法性の承継はないとしたが,その例として挙げたところをみると今日よりかなり限定している。例えば,「市町村の歳出予算と市町村税の賦課は,別個の行為であるから,歳出予算の違法であることをもって市町村税の賦課の違法であることは主張できない」としたり,「甲に対する市町村税の賦課と乙に対する市町村税の賦課は別個の行為であり,甲は,乙に対する賦課処分が違法に軽いことをもって,その結果として自分に対する賦課処分が重くなっていることを主張できない」といった例を挙げている。今日では,違法性の承継とはいえないとも考えられるのであるが,行政裁判所時代,このような場合にも行政裁判所が判断していたという背景があるようである。

3 最高裁判所平成21年12月27日判決は,後行の建築確認について,先行の建築物の安全認定の違法を主張しうると判断した。その理由として,ア建築確認における接道要件充足の判断と,安全認定における安全上の支障の判断は,異なる機関がそれぞれの権限に基づき行うこととされているが,もともとは一体的に行われていたものであり,避難または通行の安全の確保という同一の目的を達成するために行われるものであること,イ安全認定について,その適否を争うための手続的保障がこれを争おうとする者に十分与えられているというのは困難であること,ウ建築確認があった段階ではじめて住民の不利益が現実すること,を挙げている。

 これを美濃部達吉氏が挙げた①の要件と比較すると,①はほぼアに重なるが,これに加えてイ,ウなどの手続的側面を考察したものといえる。

4 最高裁判例にみられる手続的側面を考慮することは重要であるが,数個の行為の一体性をみるとき,「同一の目的」をあまり重視する必要はないのではないかと考える。2で見た通り,美濃部達吉氏の区分においても,数個の行為の一体性はかなり広く考えていたと考えることが可能である。

(参考文献「日本行政法上」美濃部達吉942−945頁

 「駿河台法学26巻2号」大沼洋一155—194頁)

<最終更新日:平成27年7月2日>

 

○ 平和的生存権

1 平和的生存権は,1962年星野安三郎氏によって初めて提唱された。

 実際の裁判では,平和的生存権は恵庭訴訟で特別弁護人となった当時の北海道大学教授の深瀬忠一教授によって主張された。

 恵庭事件とは,1962年に北海道の恵庭町で牧場を経営している酪農民が,自衛隊の演習場の爆音により流産や牛の乳量減少等の被害を被り,抗議を繰り返していたところ,生活がおびやかされる事態に堪えかね,連絡用の電話線を切ったため,自衛隊法違反で起訴された刑事事件である。

 この事件で特別弁護人となった深瀬教授は,最終弁論で次のように憲法13条と関連づけた平和的生存権を展開する。「憲法13条は,すべて国民は個人として尊重せられ,生命自由および幸福追及に対する国民の権利は幸福の福祉に反しないかぎり国政上最大限尊重されると規定しています。この公共の福祉の名において自衛隊の利益のため,戦争に備えて国民の生命自由権利を強制的に略奪制限せられないことが確保されています。たとえば言論,出版,取材,放送,集団行動等・表現の自由,居住移転,学問研究は軍事機密保護法など軍事目的によって制限処罰を受けない,軍事目的のための土地や財産の強制収容侵害は認められない,徴兵制は意に反する苦役として違憲無効であります。しかしこのように完全に平和な国民の基本的人権の体系と別に,今後戦争を想定し軍事目的のため大幅に人権が犠牲に供せられる戦争の体系がはいることになるのを承認するか否かという問題こそが,この恵庭事件裁判の,すべての国民にとって身近な意義であります。」

 深瀬教授の平和的生存権論は,理論的には,憲法第9条が単独で第2章とされ,第3章とりわけ人権の総則規定の直前に据えられていることは,憲法11条〜13条の基本的人権が完全に平和的人権であり,いわゆる「公共の福祉」から軍事的利益が全く排除されていることと表裏一体をなすと解すべきだとする。したがって,憲法前文第二段の「全国民の国民が,ひとしく恐怖と欠乏から免れ,平和のうちに生存する権利」は,憲法第3章と一体となって平和的人権を司法的に保障することを裁判所に義務づけているとするのである。

2 恵庭訴訟では憲法判断がなされなかったため,深瀬教授の平和的生存権は言及されなかったが,行政訴訟である長沼事件第1審判決では深瀬教授の平和的生存権に近い解釈が示されることとなった。さらに,2008年4月17日の名古屋高裁においても具体的な平和的生存権が認められており,今日の実務に確実に影響を与えているのである。

3 現在のところ,最高裁判所は平和的生存権の具体的権利性を判断していない。しかし,最高裁判所は,「一切の法律,命令,規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所」(憲法81条)であるし,「日露両国国交を断絶して開戦すると否とは素より裁判官の関する処にあらず,裁判官の眼中唯法律あるのみ」と大津事件で大審院長が発言しているように政治の影響を排して法に基づいた判断する我が国の司法の伝統もある。平和的生存権が認められる可能性も十分あると思料する。

(参考文献:「恵庭裁判における平和憲法の弁証」深瀬忠一1967年))

<最終更新:平成27年10月18日>

 

 

○ 育休退園の執行停止決定について

〜保育所と育児休業制度は二律背反か〜

1 埼玉県所沢市では,保育園の保護者(妻)が,下の子を出産し,育児休業の取得を予定しているとき,原則退園とし,引き続き在園を認めるためには,市長に保育利用継続の申請を出して必要性が認められなければならない制度を採用している。これにつき,利用継続の申請をしたものの,①保育の利用継続不可決定と,②保育の利用解除決定を受けた保護者が,それらの取消しと執行停止を求めた事案で,さいたま地方裁判所は平成27年9月29日,執行停止を認める決定を下した。

2 執行停止を認めるためには,違法性の判断として,「本案について理由がないとみえるとき」といえないこと(行政事件訴訟法25条4項)が必要である

 違法性については,裁量判断が合理的かについて判断することが典型的であるが,本件では,母親の慢性的な頭痛や心理的不安,家族の協力の限界などを勘案すると,①の決定を違法とみる余地がないともいえないとした。

 さらに,手続的違法についても判断し,聴聞手続をとるなく保育の利用の解除をしたことにつき,違法とみる余地があるとした。

3 ここで興味深いのは,手続的違法についての裁判所の判断の仕方である。

 まず,申立人側は,①②の決定は,園児の保育所で保育を受ける権利及び保護者の保育を受けさせる権利をはく奪するものであるから,「不利益処分」として聴聞手続をとる必要がある(行政手続法13条1項1号ロ)とする。これに対し,市側は,保育の利用継続申請を却下する①の行為は,保育の必要性が認められないという通知でしかなく,②についても,法的地位を喪失したことを確認的に示したものにすぎず,いずれも「不利益処分」に当らないとする。

 裁判所は,①については,園児の権利の有無に直接影響を与えるものであるから「処分」(行政手続法2条2号)にはあたるが,「申請に対する処分」であるから,不利益処分にはあたらず聴聞手続は要しないとした。一方で,②については,契約解除によって契約関係が消滅するものであるから,「処分」(行政手続法2条2号)であるとともに,さらに「不利益処分」(同上4号)にあたり,聴聞手続が必要であるとして手続的違法を判断したのである。行政手続法では,第2章で「申請に対する処分」を,続き第3章で「不利益処分」を規定して,その手続について具体的に定めているが,①は申請に対する処分であり,②は不利益処分であるから,聴聞手続の要否が分かれるとしたといえる。

4 次に,執行停止の要件である「重大な損害を避けるため緊急の必要がある」ときにあたるか(行政事件訴訟法25条2項)の判断をみてみたい。

 この要件については,市側が,児童の人格形成において保育所以外での環境が悪いということにはならないなどとして,損害は発生していないなどとしたのに対し,裁判所は、保育所で保育を受け始めた園児が,継続的に保育を受ける機会を喪失することで児童の人格形成に重大な影響があるので損害があると判断した。

 保育所と育児休業については,それぞれが二律背反的なものかどうかを検討する必要があると思われる。すなわち,育児休業を取得すれば,もはや保育所に入れる必要がないと判断して良いかの検討である。確かに育児休業制度は,婦人の母性保護という側面もあるが,これまでの歴史的展開からは,女性の就労支援の発展とともに制度化されてきたことは否めない。そして,現在の日本は出生率の低下が社会問題化しており,女性の就労支援を一層手厚くすることが求められているといえる。そうだとすれば,女性の選択の幅を広くする判断が望ましいともいえる。育児休業の取得による原則的退園についても,今後,運用の見直し,制度の改善という政策的対応も迫られているのではないだろうか。

<最終更新:平成28年2月21日)>

 

   行政裁量と「看過しがたい過誤」

1 行政裁量とは行政機関による判断の余地をいう。行政機関の重要な役割は法令の適用を行うことであるが,実際上一定の裁量が認められる場合が多い。この行政裁量はもちろん無制限でなく,行政事件訴訟法30条が,「行政庁の裁量処分については,裁量権の範囲をこえ又はその濫用があった場合に限り,裁判所は,その処分を取り消すことができる」としているとおり,逸脱・濫用があれば違法となる。

2 行政機関は,法令の適用を行う際,法令の要件を解釈し,認定した事実をあてはめて,処分を行う。法令の要件の解釈と事実のあてはめの際に認められる行政裁量は,要件裁量と呼ばれる。

 この要件裁量に関して,行政機関の判断が政策的判断,あるいは専門技術的判断であるとき,裁量の逸脱・濫用はどのように審査されるのであろうか。

 最高裁の判例の変遷を追ってみると,行政機関の判断の過程において合理性が認められない場合には,裁量の逸脱・濫用として違法となるとされている(最判昭和48年9月14日など)。そして,行政機関の判断が専門技術的であるときには,行政機関の判断過程に「看過し難い過誤」があるか否かが合理性の審査のメルクマールとなっている。

3 例えば,国家賠償法に関する事例であるが,文部大臣による教科書検定に関する最高裁判決(平成5年3月16日)では,「合否の判定,条件付合格の条件の付与等についての教科用図書検定調査審議会の判断の過程(検定意見の付与を含む),原稿の既述内容又は欠陥の指摘の根拠となるべき検定当時の学説状況,教育状況についての認識や,旧検定基準に違反するとの評価等に看過し難い過誤があって,文部大臣の判断がこれに依拠してされたと認められる場合には,右判断は,裁量権の範囲を逸脱したものとして,国家賠償法上違法となる」とした。

 さらに,処分取消しを求めた環境訴訟でも,「原子炉施設の安全性に関する判断の適否が争われる原子炉設置許可処分の取消訴訟における裁判所の審理,判断は,原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の専門技術的な調査審議及び判断を基にしてされた被告行政庁の判断に不合理な点があるか否かという観点から行われるべきであって,現在の科学技術水準に照らし,右調査審議において用いられた具体的審査基準に不合理な点があり,あるいは当該原子炉施設が右の具体的審査基準に適合するとした原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤,欠落があり,被告行政庁の判断がこれに依拠してされたと認められる場合には,被告行政庁の右判断に不合理な点があるものとして,右判断に基づく原子炉設置許可処分は違法」であるとした(伊方原発事件,平成4年10月29日最高裁判決)。

  下線は筆者による。

<最終更新日:平成28年6月26日>

 

   行政不服審査制度の改正

1 行政処分について,行政庁に対して異議を申し立てる場合,裁判所による司法審査がまず頭に浮かぶが,行政機関が審査する場合がある。カナダやオーストラリアなどでは行政審判所(Administrative Tribunal)によって行政決定の不服審査が行われている。

 このような行政審判所には行政決定を所管する行政部門からの独立性が確保されなければならない。司法の独立性と同様,公平性が求められるからである。

 一方で,複雑な行政事件を扱うことから専門性の確保も要請される。その場合の専門性とは,各行政領域の専門性だけでなく,適正に不服審査を実施することの専門性も含まれるといえる。

2 日本でも,行政事件訴訟法に定める手続により,裁判所に訴訟提起する以外にも,行政機関に不服申立てをすることが認められており,行政不服審査法が手続を規定している。

 もともとは1890年に行政上の不服申立ての一般法として訴願法が存在した。戦後,行政事件訴訟法特例法改正の過程で,同法が訴願前置主義を採用していたことから訴願制度の不備を是正する必要があり,統一的な制度として1962年に行政不服審査法が制定された。行政不服審査法は,行政行為の作為・不作為の違法性だけでなく不当性も審査し,訴願法よりも申立人の防御範囲を拡大したと評価できるものの,行政救済としての点で不備があり,公正な手続とはいえない側面もあった。

3 そこで,行政不服審査法の改正法が平成26年3月に国会に提出され,同年6月に成立,平成28年4月より施行されている。

 改正法では,不服申立てが審査請求に一元化され,審理員による審理手続,第三者機関への諮問手続がとられることになった。旧法では審査庁が直接処理することが予定され,原処分に関与した者が審査庁の事務を保佐してきたが,新法では,中立的な「審理員」が審理手続を主宰し,審理手続においても申立人の権利の利益保護を図っている。これにより審査の公平性を保つことを図っている。また,審査請求をする機会をより多く与えるために,審査請求期間が60日から3箇月に延長された。

 もっとも,地方公共団体における不服申立ての現状からは,審理員による不服審査は比較的件数が少なく,生活保護分野や地方税分野などの分野に限定される可能性がある。総務省行政管理局が平成26年4月1日から平成27年3月31日までの期間を対象とした調査によると,都道府県における行政不服審査法に基づく審査請求の総件数は1万4470件で,このうち生活保護法関係8062件,介護保険法関係2374件,高齢者の医療の確保に関する法律関係1574件で,これらだけで合計1万2010件と大部分を占めている。そして,介護保険に関しては介護保険審査会が,高齢者の医療の確保に関する法律による後期高齢者医療給付に関する処分又は保険料等の徴収金に関する処分については後期高齢者医療審査会が,それぞれ合議制の期間として審査請求の審査を審査している。従って,この場合には,生活保護法関係が,審理員が指名される事件の中心となるといえる。

 今後,審理員の独立性,審理手続の透明性・公平性をできるだけ確保して運用していることが求められる。

(参考文献)

「行政不服審査機関の研究」碓井光明 有斐閣 平成28年8月10日

「解説行政不服審査関連三法」宇賀克也 弘文堂 平成27年7月30日

<最終更新日:平成29年1月15日>


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